慢性骨髄性白血病(CML)では、治療内容によって生殖機能が衰えたり、失われたりすることがあります。CML治療による妊娠・出産への影響や、将来の妊娠・出産に備えての準備(妊孕性温存)に関するメリット・デメリット、妊孕性を温存できる選択肢(妊孕性温存療法)を選ぶうえでの注意点などを詳しく解説します。
小児・AYA世代がん患者等の妊孕性温存に関する診療ガイドライン 2024年12月改訂 第2版では、CMLの標準的な治療として使用されるチロシンキナーゼ阻害薬(TKI)には、催奇形性のリスクがあるため、TKI投与下での妊娠は避ける必要があることについて記載されています。
日本癌治療学会編. 小児・AYA世代がん患者等の妊孕性温存に関する診療ガイドライン 2024年12月改訂 第2版, 金原出版, p.325-329, 2025
妊孕性とは?
「妊孕性(にんようせい)」とは、妊娠できる能力のことを指します。
妊娠するためには卵子と精子が必要となるため、妊孕性は女性だけでなく男性にとっても大事な問題です。
近年、がんに対する治療の進歩に伴い、一部の患者さんではがんを克服することが可能となってきました。一方、がんに対する治療内容によっては妊孕性に影響を及ぼすことが知られており、がん経験者が不妊となることや性ホルモンの分泌低下をきたすことが明らかとなってきています。
慢性骨髄性白血病(CML)においては、標準治療であるチロシンキナーゼ阻害薬(TKI)の妊孕性への影響についてはまだ十分に明らかとなっていませんが、治療内容によって生殖機能が衰えたり、失われたりすることもあります(「CML治療による妊孕性への影響」の項目を参照)。
そこで、万が一の場合に備えて、卵子や精子を凍結保存するなどして、将来のために妊孕性を温存できる選択肢(妊孕性温存療法)があります。
がん患者さんに対する妊孕性温存は、考慮すべき重要な事項として関心が高まっており、生殖細胞の保護や保存に対する取り組みが先進国を中心になされるようになってきました。日本産科婦人科学会においても、「被実施者に十分な情報提供を行い、被実施者自身が自己決定することが重要である」として、治療開始前に医師などから妊孕性温存に関する十分な情報提供を受け、患者さん自身の意思に基づいて妊孕性温存実施の有無を決定することの重要性を提唱しています。[2]
患者さん自身の病気(原疾患)の治療が第一なので必ずしも希望どおりになるわけではありませんが、将来子どもを持つことを考えている場合や可能性がある場合には、治療開始前の早い段階で主治医に妊孕性温存について相談しましょう。[3]
CML治療による妊孕性への影響
CMLに対する治療は、抗がん剤による化学療法、造血幹細胞移植、免疫を高める治療などが行われてきましたが、2001年以降、分子標的治療薬であるTKIの登場により治療成績が大きく向上しました。
CML治療による妊孕性への影響は、使用する薬剤の種類や造血幹細胞移植の実施の有無、さらには患者さんの年齢などによって異なります。
将来子どもを持つことを考えている場合や可能性がある場合は、下記のことを理解したうえで、CMLの治療開始前に妊孕性温存について検討することが望ましいでしょう。
TKIによる治療の場合
- TKIの妊孕性への影響については、まだ十分に明らかとなっていません。
- TKIの種類によっては、服用中の妊娠により胎児の奇形を生じる(催奇形性)リスクが認められています。
- 造血器腫瘍診療ガイドライン第3.1版(2024年版)では、「妊娠を望む若い女性や晩期副作用のためにTKI継続が困難などの理由がある場合、あるいはDMRが得られた患者の中で一定の条件を満たした場合は、定期的なモニタリングを条件にTKI中止を考慮することができる。臨床試験外で中止を試みる場合は、血液専門医による日本血液学会のJ-SKIに登録を推奨する。」と記載されており[8]、妊娠を望む場合には、定期的なモニタリングを条件にTKI中止を考慮しても良いとされています。
造血幹細胞移植の場合
- 造血幹細胞移植では、大量化学療法や全身放射線照射といった前処置により、通常のがん治療よりも妊孕性に対する影響は大きくなります。
- 前処置の内容による差はあるものの、女性の卵巣機能や男性の精子形成に影響を及ぼすことが報告されており、男女ともに高い割合で不可逆的な妊孕性低下が起こります。
妊孕性温存を検討するにあたり
治療開始の遅れは、患者さん自身の病気(原疾患)の悪化や進行につながる可能性があるため、患者さん自身の病気(原疾患)の治療が最優先となります。また、妊孕性温存のタイミングは可能な限り治療開始前が推奨されますが、治療開始前に限られたものではありません。
男性患者さんの妊孕性について
CMLの治療では、分子標的薬(TKI)を長期にわたり服用することが一般的です。
そのため、治療と将来の妊娠・出産について不安を感じる男性患者さんも少なくありません。
現在の治療ガイドライン(2024年版)では、男性患者さんがパートナーの妊娠を希望する場合、TKIの服用を中止する必要はないとされています。
これまでの報告では、TKIによる治療を受けていた男性患者さんにおいて、精子の質や形態の大きな変化、また出生児の先天性異常の増加は認められていないとされています。
一方で、治療内容や病状、将来の希望は患者さん一人ひとりで異なります。
妊娠・出産について考える際には、主治医やパートナーと十分に話し合いながら、自分にとって納得のいく選択をすることが大切です。
【補足情報(造血幹細胞移植について)】
※造血幹細胞移植を予定している場合には、前処置として行われる大量化学療法や放射線療法により、妊孕性が低下する可能性があります。このようなケースでは、治療開始前に精子凍結保存などの選択肢について検討されることがあります。移植が検討されるかどうか、また妊孕性温存の必要性については、主治医と十分にご相談ください。
TKI治療開始前
- 配偶者※1がいる場合は、胚(受精卵)凍結保存が推奨されます。ただし、諸事情により精子の採取ができないなどの場合は、未受精卵子凍結という選択肢も考慮します。
- 配偶者※1がいない場合は、未受精卵子凍結保存が考慮されます。
TKI治療開始後
- TKIの種類によっては、服用中に妊娠すると、胎児に奇形を生じる(催奇形性)リスクが認められています。そのため、服用中の妊娠は避ける必要があり、妊娠を希望する場合にはTKIの休薬を検討します。
- 妊娠を希望し、休薬を検討する場合の明確な基準は確立されていませんが、「3年以上のTKI治療期間」、「MR4.5より深いDMRの達成と2年以上の継続」が必要条件とされています※2。また、TKIの投与中止後は、主治医の決めた頻度での定期的なBCR::ABL1のモニタリング検査(定量PCR法)を受ける必要があり、MMRを失ったら可及的早期に治療を再開すること、計画された妊娠であっても急性転化するリスクがあることについて理解し、同意していただく必要があります。
妊孕性温存のメリット・デメリット
メリット
- 治療開始前に妊孕性温存療法を開始すれば、まだ明らかとなっていないTKI治療による妊孕性への影響を回避することができます。
- 造血幹細胞移植や放射線治療などの影響により精子や卵子を形成できなくなるリスクがありますが、その場合においても自分の子どもを持つ可能性を残すことができます。
デメリット
- CMLの進行の程度や患者の全身状態によっては、CML治療に悪影響を及ぼすおそれや危険をもたらすおそれがあります。
- CML治療開始までに時間がない場合には妊孕性温存療法の実施が難しい場合もあります。
- 健康保険は適用されません。ただし、一部の地域では、生殖細胞の採取や凍結保存などにかかる保険適用外経費に対して助成金が補助されています。
- 必ずしも妊娠・出産について良い結果が得られるとは限りません。
妊孕性温存療法の選択肢
精子凍結保存[未婚・既婚の場合]
精子を採取し凍結保存する方法であり、その手順や手技は確立されています。[12]
凍結された精子は、将来必要となったタイミングで融解して体外受精を行います。
精巣組織凍結保存(開発中の技術)
精巣組織の一部を採取し、凍結保存する方法です。まだ開発段階の技術であり、思春期前の男児に対する妊孕性温存療法として期待されています。
未授精卵子凍結保存[未婚の場合]
採卵した卵子を凍結保存する方法であり、採卵には、排卵誘発剤による卵巣刺激がほぼ必須となっています。未受精卵子凍結は有効性・安全性がほぼ確立された技術です。
凍結された卵子は、将来必要となったタイミングで融解して体外受精を行い、胚(受精した卵子;受精卵)を子宮内に移植します。米国生殖医学会(ASRM)においても、凍結された未受精卵子の受精率・妊娠率は新鮮卵子と同等であり、凍結融解した未受精卵子を用いて生まれた新生児で染色体異常や先天異常、発育障害が増大することはないため、有効かつ安全な臨床技術であるとするガイドラインを発表しています。[9]
受精胚凍結保存[既婚の場合]
採卵した卵子で体外受精を行い、胚(受精した卵子;受精卵)を凍結保存する方法であり、採卵には排卵誘発剤による卵巣刺激がほぼ必須となっています。受精胚凍結保存は有効性・安全性がほぼ確立された技術であり、妊孕性温存療法においても有効な手段の一つとして、米国生殖医学会(ASRM)、欧州ヒト生殖医学会(ESHRE)、米国臨床腫瘍学会(ASCO)、国際妊孕能温存学会(ISFP)等から推奨されています。本邦では、日本産科婦人科学会から「医学的適応による未受精卵子、胚(受精卵)および卵巣組織の凍結・保存に関する見解」が発表されており、凍結された胚(受精卵)の保存期間は、被実施者夫婦が夫婦として継続している期間であって、かつ卵子を採取した女性の生殖年齢を超えないことが求められています。[2]
凍結された胚(受精卵)は、将来必要となったタイミングで融解して子宮内に移植します。
卵巣組織凍結保存
卵巣組織の一部を採取し、凍結保存する技術です。思春期前から低侵襲な腹腔鏡下手術で施行可能です。移植する組織に腫瘍細胞が含まれている可能性が指摘されているものの、がんの種類や進行期を考慮すれば安全に施行できる可能性があると考えられています。
女性がん患者さんの妊孕性温存療法の比較
※ 対象年齢は施設により異なる。
※※受精胚や未授精卵子の凍結保存には排卵誘発薬による2週間程度の卵巣刺激が必要である。1回の採卵で不十分な場合、原疾患の治療に差し支えない範囲で、採卵1~2週間後から再度卵巣刺激を開始することで、2回目、3回目の採卵を実施することがある。
日本癌治療学会編.小児・AYA世代がん患者等の妊孕性温存に関する診療ガイドライン 2024年12月改訂 第2版, 金原出版, p.56, 2025
妊孕性温存療法を受けるうえでの注意点
- 妊孕性温存療法を行ったからといって、必ずしも子どもを授かるわけではありません。
- 患者さん自身の病気(原疾患)の治療があくまで最優先であり、原疾患の治療に悪影響を及ぼすと考えられる場合は、妊孕性温存療法を回避することがあります。
- 受精胚凍結保存や未受精卵子凍結保存を行う場合は、採卵までに最低2週間程度が必要となります。
- 血小板減少や凝固異常を合併している場合は、採卵自体がリスクとなるため、受精胚凍結保存や未受精卵子凍結保存を行うことができない場合もあります。
- 健康保険は適用されません。ただし、一部の地域では、生殖細胞の採取や凍結保存等にかかる保険適用外経費に対して助成金が補助されています。
CML患者さんにできること
- TKI服用中の妊娠は避けてください。
- 子どもを持つことを考えている場合や可能性がある場合は、まずは主治医に相談して治療計画を立てましょう。
- 妊孕性温存療法の選択肢やその内容、期間、費用、治療への影響について理解しておくことが重要です。
- CML専門医だけでなく、生殖医療専門医とも相談しながら検討を進めることも大切ですので、主治医に相談し、必要に応じて生殖医療専門医を紹介してもらいましょう。
- 自治体によってはがん患者さんの妊孕性温存療法に対する助成制度があるので、申し込めるものがあるかどうかを調べてみましょう。
参考となるリンク先
日本がん・生殖医療学会HP
厚生労働科学研究費補助金がん対策推進総合研究事業
小児・若年がん長期生存者に対する妊孕性のエビデンスと生殖医療ネットワーク構築に関する研究HPパンフレット
【男性用】 http://www.j-sfp.org/ped/dl/cancer_treatment_brochure_m_jp.pdf
【女性用】 http://www.j-sfp.org/ped/dl/cancer_treatment_brochure_f_jp.pdf
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日本癌治療学会編.小児・AYA世代がん患者等の妊孕性温存に関する診療ガイドライン 2024年12月改訂 第2版, 金原出版, 2025
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日本産科婦人科学会「医学的適応による未受精卵子,胚(受精卵)および卵巣組織の採取・凍結・保存に関する見解」
https://fa.kyorin.co.jp/jsog/readPDF.php?file=71/5/071050609.pdf(2026年4月アクセス) -
国立がん研究センター がん情報サービス_妊孕性(にんようせい)
https://ganjoho.jp/public/support/fertility/index.html(2026年4月アクセス) -
Kantarjian H et al. Blood. 2012;119:1981
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Berman E. et al. J Clin Oncol. 2018;36:1250
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日本産婦人科学会「体外受精・胚移植に関する見解」
https://fa.kyorin.co.jp/jsog/readPDF.php?file=75/8/075080775.pdf#page=6(2026年4月アクセス) -
日本生殖医学会 ガイドライン・声明
http://www.jsrm.or.jp/guideline-statem/guideline_2006_01.html(2026年4月アクセス) -
日本血液学会編. 造血器腫瘍診療ガイドライン第3.1版(2024年版)
https://www.jshem.or.jp/gui-hemali/1_4.html#soron(2026年4月アクセス) -
Practice Committees of American Society for Reproductive Medicine;Society for Assisted Reproductive Technology. Fertil Steril. 2013;99:37
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Cobo A et al. Fertil Steril. 2011;96:277
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Cobo A et al. Fertil Steril. 2014;102:1006
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日本生殖医学会編. 生殖医療の必修知識 2023. 杏林社, 2023