「前立腺がん」と診断された時、どのような治療を受けるのかと不安を感じる方も多いでしょう。治療法は、がんの進み具合やタイプ、年齢や体力、ご本人の希望などをふまえて決められます。治療法には、がんの部位に直接働きかける局所療法(手術・放射線)と、全身に作用する全身治療(ホルモン療法・化学療法など)があり、これらを組み合わせることもあります。主治医と十分に話し合い、納得のいく治療を選ぶことが大切です。ここでは、がんの進行度に応じた主な治療法についてご紹介します。
前立腺がんの治療法
適切な治療法を選択するために
前立腺がんには複数の治療選択肢があり、がんの広がりや悪性度、PSA値、年齢や健康状態、ご本人の希望をふまえて選択されます。治療によっては排尿・性機能などに影響することもあるため、生活の質(たとえば排尿や性機能など、日常生活への影響)や価値観も含めて、主治医・ご家族とよく相談しましょう。
前立腺がんの進行度による治療方針のちがい
がんの状態に応じて、治療法の選択肢も異なります
前立腺がんは、進行度に応じて大きく3つに分類され【表1】、治療方針が異なります。
【表1】 がんの「進行度」による3つの分類
| ①限局がん | 転移のない早期がん |
|---|---|
| ②局所進行がん | 前立腺の被膜を越えて外に広がったり、浸潤するなどして進行しているがん |
| ③転移・再燃がある前立腺がん | 骨やリンパ節などへの転移があるがんや、完全には治っていなかったものが再び大きくなったがん |
①限局がんの治療法
状況に応じた多様な選択肢から、自分に合った治療を見つけましょう
転移がなく、がんが前立腺内に留まっている状態の限局がんには複数の治療法があります【表2】。
【表2】 限局がんの主な治療法
| 監視療法 | 過剰な治療を防ぐ目的で、すぐに治療を始めずに、定期検査により病状を監視する方法 |
|---|---|
| 手術療法(前立腺全摘除術) | 前立腺を外科的に摘出し、根治を目指す治療 |
| 放射線治療 | 放射線でがん細胞を破壊する治療 |
| ホルモン療法 | 男性ホルモンの働きを抑える。放射線療法と併用されることが多い治療 |
| その他の治療(フォーカルセラピー) | がんの一部をピンポイントで治療し、排尿や性機能をできるだけ温存する治療法 |
監視療法
がんの進行が非常にゆっくりの場合、過剰な治療を防ぐ目的で、すぐに治療を始めずに定期的に生検を行い、定期検査によって病状を監視する方法。必要に応じて治療に切り替えます。
手術療法(前立腺全摘除術)
前立腺そのものを手術で取り除く方法です。がんが前立腺内にとどまっている場合の主要な治療法で、下腹部を切開して行う開腹手術だけでなく、下腹部に小さな穴を数カ所開けるだけで負担が少ない腹腔鏡手術や、同様に傷口が小さく済むロボット支援手術も広く行われています。手術後の主な合併症としては、尿失禁、性機能障害、鼠径ヘルニアがあります。
放射線治療
がん細胞を破壊する放射線を使う方法です。手術と並ぶ代表的な治療法の一つで、幅広い年代の方に選択されています。高齢の方や他に持病がある方にも適応できる場合があります。
放射線の当て方には、外側から当てる「外照射療法(IMRT、3D-CRT、陽子線・重粒子線療法)」と、体内に小さな放射線源を置いてがんを攻撃する「内部照射療法(小線源療法、高線量率組織内照射法)」があり、患者さんの状態に合わせて使い分けられます。
ホルモン療法(補助療法として)
前立腺がんは、男性ホルモン(テストステロン)の影響で大きくなりやすいため、その分泌や働きを抑えることで、がんの進行を抑える治療です。ただし、ホルモン療法のみでは根治治療にはなりません。限局がんにおいては、手術後の再発リスク対策や中〜高リスクでの放射線治療との併用が推奨されています。また、全身状態や高齢などの理由で根治治療が難しい場合の選択肢ともなります。
その他の治療(フォーカルセラピー)
前立腺全体ではなく、がんのある部分だけを集中的に治療する方法です。主にHIFU(高強度焦点超音波治療)などで、がん組織を熱で破壊し、排尿や性機能をできるだけ温存することを目指します。ただし、現時点では研究が進められている段階の治療法で、保険適用外のため、限られた施設でしか受けられません。
②局所進行がんの治療法
複数の治療法を組み合わせて行う
がんが前立腺の被膜を越えて広がっていると考えられる状態で、複数の治療法を組み合わせて行うのが一般的です【表3】。
【表3】 局所進行がんの主な治療法
| 手術療法(前立腺全摘除術) | 前立腺と精のうを切除。広がりの程度によって、同時にリンパ節も取り除くことがある |
|---|---|
| 放射線療法 | 手術の代替または術後の再発リスクが高い場合に実施。ホルモン療法と併用されることが多い |
| ホルモン療法 | 放射線療法と併用し、再発リスクを下げる |
手術療法(前立腺全摘除術)
がんを取り除くために行われます。前立腺と精のうを切除し、その後、膀胱と尿道をつなぎ合わせます。がんの進行度や広がりの程度によっては、周囲組織(リンパ節など)も同時に取り除かれることがあります。
放射線療法
手術が困難な場合や、手術後の再発リスクが高い場合などに選択されます。ホルモン療法と併用されることも多くあります。
ホルモン療法
放射線療法と組み合わせて、がんを小さくしたり、再発リスクを低減したりする目的で補助的に行われます。
③転移がんの治療法
進行しても状態に応じた治療法が用意されています
前立腺がんが転移した場合や、一度治療した後に再びがんが現れた場合(再燃)は、全身に作用する治療が中心となります。その治療法はホルモン療法への反応性によって大きく2つに分けられます。
転移性去勢感受性前立腺がん(mCSPC)の治療法
「転移性去勢感受性前立腺がん(mCSPC)」とは、ホルモン療法(内科的去勢)にまだ反応する段階ではあるものの、がんが骨やリンパ節など前立腺の外に転移している状態を指します。医学的には「mHSPC」と表記されることもあります。
この段階では、ホルモン療法が治療の基本となります。新規ホルモン剤や抗がん剤を併用することもあります【表4】。
【表4】 mCSPCで用いられる主な治療法
| ①手術療法(精巣摘除術) | 手術で精巣(睾丸)を摘出し、男性ホルモンの分泌を止める方法 |
|---|---|
| ②ホルモン療法 | 男性ホルモンの分泌を抑えたり、がん細胞に作用するのをブロックするなどの薬物療法 |
| ③抗がん剤 | がん細胞の増殖を抑える薬剤を点滴などで投与する方法 |
| ④その他(症状緩和のための治療) | 骨転移による痛みや骨折を予防・軽減するための治療法 |
①手術療法
男性ホルモンの分泌を抑えたり、その働きを妨げたりする治療法で、mCSPC治療の基本となります。手術で精巣(睾丸)を摘出し、男性ホルモンの分泌源を取り除きます。
②ホルモン療法
ーアンドロゲン遮断療法(内科的去勢)
注射で脳のホルモン分泌を抑え、結果として睾丸からの男性ホルモン分泌を抑える方法です。
ー抗アンドロゲン療法
前立腺がんの男性ホルモン(アンドロゲン)受容体に、アンドロゲンが結合するのを防ぐ薬剤を服用することで、がん細胞の増殖を抑える治療法です。
ー新規ホルモン薬(アンドロゲン受容体経路阻害薬)
前立腺がんは睾丸や副腎から分泌される男性ホルモン(アンドロゲン)による刺激で進行する性質があります。新規ホルモン薬はアンドロゲンの生成を阻害したり、作用経路をブロックするタイプのホルモン薬です。
③抗がん剤(化学療法)
ホルモン療法(内科的去勢)とあわせて、がんの勢いが強い場合などに用いられます。ホルモン療法(内科的去勢)とともに抗がん剤(化学療法)と新規ホルモン薬を早期から併用することで、生存期間の延長が期待されるケースもあります。
④その他(症状緩和のための治療)
特に骨への転移がある場合には、痛みや骨折リスクを軽減する治療が行われます。骨を守る薬剤(骨修飾薬など)や、転移部位に対する痛みを和らげるための放射線照射などが用いられます。
転移性去勢抵抗性前立腺がん(mCRPC)の治療法
ホルモン療法によって男性ホルモン(アンドロゲン)を抑えると、多くの前立腺がん細胞は死滅します。しかし、なかには治療に抵抗性をもつがん細胞が増え、男性ホルモンが少ない状態でもがんが進行するようになることがあります。このような状態を「去勢抵抗性前立腺がん」と呼びます【図】。さらに、この「去勢抵抗性前立腺がん」が骨やリンパ節などに転移した状態を「転移性去勢抵抗性前立腺がん(mCRPC)」と言います。
【図】去勢抵抗性前立腺がんになるまでの経過
この転移性去勢抵抗性前立腺がん(mCRPC)」には、以下のような治療法が選択肢となります【表5】。
【表5】 mCRPCで用いられる主な治療法
| ①新規ホルモン薬 | 男性ホルモンの働きを阻害し、がん細胞の増殖を抑える方法 |
|---|---|
| ②化学療法 | がん細胞の増殖を抑える薬剤を点滴などで投与する方法 |
| ③核医学治療 | 放射線を出す薬剤を投与し、がん細胞など特定の標的に集め、体の内側から放射線で病気を攻撃する治療法 |
| ④PARP阻害薬 | がん細胞のDNA修復に関わる酵素の働きを阻害する薬剤を用いた治療 |
| ⑤その他 | 個々の状態で適応が検討される免疫療法など |
①新規ホルモン薬
前立腺がんは睾丸や副腎から分泌される男性ホルモン(アンドロゲン)による刺激で進行する性質があります。新規ホルモン薬は男性ホルモンの受容体やその作用経路をブロックするタイプのホルモン薬です。
②化学療法
がん細胞の分裂や増殖を抑える薬剤を点滴で投与します。患者さんの体力や他の病気の状況を考慮して、適切な時期に使用されます。
化学療法で使われる主な薬剤は、細胞分裂に必要な微小管の機能を阻害することでがん細胞の増殖を抑制する、タキサン系抗がん剤です。
③核医学治療
放射線を出す特殊な薬剤を体内に投与し、がんなど特定の病巣に集めて内側からがん細胞を破壊する治療法です。
前立腺がんは骨に転移しやすい性質を持つため、この治療法が骨転移に対して用いられることがあります。骨の成分に似た性質を持つ薬剤(ラジウム)が転移部分に集まり、そこから放出される放射線でがん細胞を破壊します。
また、骨だけではなく他の臓器にある転移がんへも用いられる、放射性リガンド療法(RLT)という治療法もあります。治療の適応は、特定の抗原の発現を確認する検査(PSMA-PET検査)を行い判断されます。
④PARP阻害薬
PARP阻害薬とは、がん細胞のDNA修復にかかわる酵素・PARPの働きを妨げる薬剤で、投与することでがん細胞の増殖を抑える働きをもちます。特定の遺伝子変異がある場合にのみ効果が期待されるため、あらかじめ検査を行い治療が有効かどうかを確認する必要があります。
⑤その他
患者さんのこれまでの治療歴や特定の遺伝子変異など、個々の状態に応じて免疫療法などが検討されることもあります。免疫療法では、がん細胞に対する免疫の攻撃を強める免疫チェックポイント阻害薬が使用されます。
前立腺がん治療の進化
「選べる」今だからこそ、選択肢があることを希望に、主治医とよく相談を
前立腺がんは比較的進行が緩やかで、早期発見であれば完治も可能です。進行した場合でも治療の選択肢が広がり、転移や去勢抵抗性の場合でも治療法が登場しています。
大切なのは、がんの状態を正しく理解し、信頼できる情報に基づいて納得のいく治療を選ぶことです。そのためにも、主治医やご家族と話し合い、疑問や不安を整理していきましょう。
今は治療を選べる時代です。「自分はどうしたいか」と向き合うことが、前向きな一歩になります。